有限会社デジタルプラネッツの18期目が始まり、
早くも2ヶ月が過ぎようとしています。

起業当時のことを知る人は、この18年を一緒に踏ん張ってきてくれた役員だけですが、
本当に今考えるとよくやれたもんだと思います。
改めてこの18年を一緒に歩んできてくれた役員にも感謝です。

今、起業当時のことを思い出しながら書いていますが、
皆さん想像できますか?
ある日突然、勤めている会社の社長と全く連絡が取れなくなり、
会社の預金通帳が消え、東京支社の責任者であった当時の専務から
「大阪は自分たちでこのまま継続するのか、会社を閉じるのかを決めろ」と。
単なるデザイナーとして勤めていたスタッフたちばかりで、
開業資金もなく、経営ということへの知識や経験もなく、
会社の設立すらどうるればいいのかわからない人ばかり。
当然のことながら、私自身この会社がやれるなんて思いませんでした。
みんな知らないことばかりなので、あきらめるだろうと。

専務には「みんなに聞いています。」と電話を切り、同僚たちにたずねました。
「この会社を閉じますか?それとも自分たちでやっていきますか?」
その当時の仲間たちは一瞬動揺したものの、
「自分たちでやろう!」と即断で決まり、それを専務に伝えました。
即手続きを始めなくてはならず、設立については私の夫が税理士でしたので
手順や司法書士を紹介してもらうなど、随分と助けてもらいました。
「自分たちでやろう!」と勢いよく声をあげた人たちに
役員をやっていただくことは決まっておりました。
そしてその中でも第一にやらねばならないことは『社長を決める』ということでした。

次に資本金を誰が出すのか?
資本金についても今とは違い株式会社なら1,000万円、
有限会社でも300万円が必要でした。
私のその時の立場は、専務から会社設立のサポートを依頼されていたため
(夫のサポートを当てにしてだと思いますが・・・)
設立のお手伝いをさせていただくということだけでしたので、
社長候補として名前が挙がりましたが、固くお断りさせていただいていました。

そこに集まっていた仲間は皆20代〜30代の若い世代ばかり。
18年前というと30代で起業する人はいることはいましたが、
制作プロダクションという業仕事柄、多くは個人事業主としての独立で、
最初から30名近くの社員を抱えての新規独立は例がなかったのではないかと思います。

すぐには決断できないだろうと、数日後にもう一度ミーティングを
開くことにしてその場は解散しましたが、
『社長』や『資本金』は皆んなの士気を一気に下げたことは明らかでした。
後日行われたミーティングでは立候補がなかったので、
一人ずつこの人を社長にと思う人を紙に書いて箱に入れて、
一票一票読み上げて行きました。

まるで学級委員の選出みたいでした・・・

そこで驚いたことに、あれほど固辞した私への投票がありました。
これは無効ですよとそのまま進行しましたが、
最終的には私への投票が一番多く、投票のやり直しをお願いしました。

後日投票のやり直しはなく、とにかく一年という期限付きで
私が初代の社長となることとなり、
この有限会社デジタルプラネッツがスタートすることになりました。

あれから18年。

現在、会社寿命は7年といわれています。
あるサイトで調べましたが、企業の設立1年目での生存率40%。
設立5年目で15%。設立10年目で6%。設立20年目では0.3%。

設立30年では0.02%の生存率です。
企業としての最大の役目は存続すること。
しかも、活かして存続しなければ意味がありません。
18年目をスタートさせた今、チャレンジすることを忘れず、
一歩一歩確実に歩んで行きたいと思います。

これからも四方山話を綴っていきたいと思いますので、
よろしくお願いいたします。

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※写真は18期の会社繁栄を祈願に神田明神へ。